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【世界の絶景遺産】アブ・シンベル神殿 世界遺産成立のきっかけとなった古代エジプト文明の遺跡

場所
【世界の絶景遺産】アブ・シンベル神殿 世界遺産成立のきっかけとなった古代エジプト文明の遺跡

神殿の入り口には4つの像が並ぶ

 

ラムセス2世の巨大な像が並ぶ大神殿

古代エジプトには数多くの神殿があるが、なかでも最高傑作と称せられるのがアブ・シンベル神殿だ。エジプトの最南部、スーダン国境に近いヌビア地方に位置し、人造湖・ナセル湖のほとりにある。

アブ・シンベル神殿を建造したのは、新王国第19王朝の大王・ラムセス2世である。紀元前1279年頃から1213年頃に在位し、パレスチナやナイル川上流域に版図を広げ、第19王朝はこの時代に絶頂期を迎えた。67年の治世に及んだ長命の王で、王妃は7人、100人以上の子どもを生ませたという絶倫の男であった。

アブ・シンベル神殿はその権力を象徴しているかのようで、岩山をくり抜いて造られたような神殿入り口には高さ22メートルの巨大なラムセス2世像が4体も立っている。うち一体は、顔が崩れているが、地震によるものと推測されている。

大神殿、小神殿の二つがあり、まずは大神殿を見学する。内部には大列柱室があり、両手を組んだ像が左右に4体ずつ並んでいる。これもラムセス2世だ。壁一面にはレリーフが彫られており、馬車に乗り、弓を引くラムセス2世の姿などがある。どこを向いてもラムセスだらけである。

大神殿の奥行きは約50メートルある。最奥部の至聖所(しせいじょ)には4体の神像があり、うち1体もラムセス2世である。年に2回、朝日が神殿内部を通過し、像を照らす。ただし、4体のうち、冥界神とされるプタハの像には光は当たらない。緻密に計算された設計であることがうかがえる。

列柱やレリーフに描かれているのは古代エジプトの王朝世界で、薄暗い空間で見ていると、時を越えてどこかに連れていかれてしまったような感覚に陥る。神殿を出て、エジプトの強い太陽を浴びると、タイムマシンから出てきたような非現実感を覚えるほどだ。

小神殿は、ラムセス2世の王妃ネフェルタリのために造られたものだ。大神殿に豪壮なレリーフが多いのに対し、小神殿は繊細なレリーフが多い。そのため神殿内の雰囲気は柔らかい。

大神殿(写真左)と小神殿(写真右)
大神殿の最奥部の至聖所

遺跡の保存運動が世界遺産につながった

神殿見物は1時間もかからない。見学を終えて神殿から出てくると、目の前に広がるのはナセル湖である。ナセル湖は、アスワン・ハイ・ダムによって1970年にできた人造湖で、東京都の2.4倍の面積がある。とはいえ、細長い湖で対岸はくっきり見えるので、広さの実感はあまり湧かない。

この神殿は、もともと現在地にはなく、64メートル低い位置に存在していた。ダム建設により水没することになった際、ユネスコを中心とした救済運動が起こった。結果、現在地に移築されることが決定し、神殿は1000以上のブロックに分割されて運ばれ、コンクリート製ドームの内部に再配置されたのである。

時を超えたような感覚に陥る岩窟神殿は、じつはコンクリートドームの中にあるのだ。ドームの周囲には土や岩がかぶせられ、外観も内部も再現されているので、知らなければ気付かないかもしれない。

周囲の岩肌も、クレーンで再構築されたものである。これだけの大規模な岩窟をまるごと移築してしまった、その発想と行動力には驚く。

そして、この救済運動が発展したのが「ユネスコ世界遺産」である。つまり、ここは「世界遺産」発祥の地なのである。古代エジプトの絶倫の王は、3000年後に世界遺産まで産み出した、というわけだ。

現地に立ってナセル湖を眺め、振り返って神殿を仰ぎ見ると、複雑な思いにもとらわれる。貴重な人類の遺産が保存されたのは素晴らしいが、そんなことをしてしまってよかったのか、という感慨だ。巨大なラムセス像の表情も、心なしか悲しげに感じられるのである。

文・写真/鎌倉 淳

神殿内部の壁画

【旅行データ】

日本からエジプトへは、エジプト航空が成田~カイロの直行便を週1便運航していて、所要時間は約14時間。経由便の場合は、中東や欧州経由で17~24時間程度。アブ・シンベルの観光拠点は、エジプト南部の都市アスワン。アスワンへは、カイロから列車で約14時間、飛行機で約1時間30分。いずれも毎日数便ある。

アスワンからアブ・シンベルへは約280キロ。バスで約4時間。バスを使った日帰りツアーがあり、アスワンを早朝4時頃に出て、夕方に戻る。飛行機はエジプト航空が毎日1往復程度あり、約45分。遺跡を見物して同じ飛行機で帰れる。滞在時間は3時間程度。


Writer

鎌倉淳 さん

1969年、東京都生まれ。旅行総合研究所タビリス代表。放送局記者を経て、世界の観光エリアや航空・鉄道に関する取材を続けている。著書に「死ぬまでに一度は行きたい世界の遺跡」(洋泉社)など

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