旅よみ 俳壇 旅行読売2025年1月号
柚子の香りが素材の味に溶け込む柚子釜の料理(写真/ピクスタ)
【特選】
柚子(ゆず)釜や傷心旅の練り直し
◉京都市 松尾昌典
<評>柚子釜とは、柚子の上部を切って中身をくりぬいた器、そしてその中に詰め物をした料理のこと。茶椀(わん)蒸しや膾(なます)仕立てに、と調理法はさまざまで、柚子の香りを楽しめる一品である。作者は、一度は訪れたことのある、静かで安心できる宿へ出向かれたのだろう。「練り直し」の言葉で、傷ついた心を癒やす手の込んだ柚子釜の料理の組み合わせが絶妙であることをしっとりと納得させている。
【入賞】
夏雲や知覧(ちらん)の小屋の薄き床
◉所沢市 木下富美子
<評>「知覧の小屋」から知覧特攻平和会館(鹿児島)にある三角兵舎を連想した。その床が薄くて足を踏み入れても頼りないという実感の切なさ。
横須賀はバーボン色の長き夜
◉足立区 山崎勝久
<評>米国の軍艦が投錨(とうびょう)している横須賀の港を見下ろしながら、米国産のバーボンにグラスを傾けているアンニュイな雰囲気。
山里の芒(すすき)が囲む和菓子店
◉埼玉県吉見町 青木雄二
<評>なぜか清らかな月が連想される山里の芒。その中での和菓子屋という設定も地味ながら美味なる穏やかさがある。
敗戦忌車窓にアルバカーキ橋
◉大分市 市山幸江
<評>佐世保に米海軍より返還された地に架かる、姉妹都市ニューメキシコ州アルバカーキ市にちなむ名の橋。素直に喜ぶべきか。
【入選】
朝顔や妻籠(つまご)の宿の通り雨
◉川口市 清正風葉
やはらかき南部訛(なま)りのいやす秋
◉川崎市 佐々木光野
秋風や震災遺構錆(さび)厚し
◉仙台市 平山北舟
初めての旅券鬼の子ゆれてをり
◉横浜市 茅房克一
火祭の火の粉まみれのほてり顔
◉練馬区 曽根新五郎
浴衣(ゆかた)着て船内祭り参加せり
◉千葉県酒々井町 梅澤波葉
断崖を穿(うが)つ潮(うしお)や雁(かり)渡し
◉埼玉県宮代町 三神景信
初紅葉式部居そうな源氏の間
◉大分市 高柳和弘
急遽連泊明日が花火大会
◉市川市 冨山 透
揚げ浜の人影さびし夏の能登
◉新宿区 居林まさを
【佳作】
大好きな人に文書く夜長かな
◉姫路市 榊原碧子
虫籠を飛び出す様に夜行乗る
◉仙台市 星良子
秋声や巌間(いわま)に在す羅漢(らかん)像
◉横浜市 相沢恵美子
天と地に紅葉百万甲斐の国
◉大田区 豊島仁
白萩や千姫の墓台高し
◉伊賀市 箱林允子
椰子蟹(やしがに)の好む香甘し阿檀(あだん)の実
◉杉並区 白浜尚子
善光寺詣で帰りや走り蕎麦
◉杉並区 森秀子
虫の音や出しては入れる旅カバン
◉足立区 太田君江
佐渡汽船一等船室冬支度
◉八千代市 池田恵津子
出来たての焼栗薫る百貨店
◉高岡市 大川浩史
<選者>「墨BOKU」代表 津髙里永子(つたか りえこ)
兵庫県出身。「小熊座」同人。よみうりカルチャー講師。句集に『地球の日』『寸法直し』、著書に『俳句の気持』など
津髙里永子先生の総評
前回に、なるべく地名を詠みこむのを我慢して旅の句を作ってみましょうと書きましたが、そのことを積極的に実行してくださった方も見受けられ、とても嬉しく思いました。地名を入れないと日常詠と同じになってしまうと危惧されるかもしれませんが、旅→切符→予定表→荷造り→列車→弁当→駅→港→海→山→食べ物→夜空→手紙や便り→酒……と、固有名詞を用いなくても、旅の雰囲気を伝える句はできると思います。挑戦あるのみ!
津髙里永子先生のワンポイント俳句講座
「字余り」について教えて下さい
字余りの句は、私の場合、効果を狙って作っているわけではありません。ですから、字余りにならずに五・七・五の定型にすっきりと収まったときの快感に勝るものはないと思っています。語順をひっくりかえす、言葉を替えるなど、定型に収める工夫をしたうえで、どうしてもはみ出してしまうときには、「足して17音」をめざしてそのリズムが散文にならないように気を付けながら、仕上げていきます。
そのとき、とりあえず、注意しなくてはいけないことをいくつか挙げておきましょう。
中七と呼ばれるところは、できれば、というより、絶対、と言ってもいいぐらい、7音であることを守ってください(8音まで許すというセンセイもいらっしゃいますが)。とりあえず、まんなかの部分はギュッと締めてキューッと姿勢よくいきたい(個人的な美学かもしれません)ので、みなさまにもおススメします。
次に、上五について。この部分は結果的に字余りとなっても許せるところです。ただ、少々、気をつけてほしいことがあります。例えば、次のような字余りの句が出来たとします。
ぶらんこを漕ぐ幼きころを思い出し
読み手は、俳句というのは一般的に五音、七音、そして五音で切れるものとなんとなくは知っていますから、
「ぶらんこを」「漕ぐ幼きころを」「思い出し」
とほとんどの方が読むと思います。作者は「ぶらんこを漕ぐ」までを字余りの上五として扱ってほしかったのに、読者には、中七のところが九音になっている!?と思われてしまうのです。そのようなときには、「ぶらんこを」のように5音目でフレーズが切れないように、省いても大丈夫な「を」を取って「ぶらんこ漕ぐ」(6音)と、上五を一気に読んでもらえるようにします。
「ぶらんこ漕ぐ」「幼きころを」「思い出し」
このように、字余りの句には、ちょっとした工夫(気遣い)が必要ですが、気が急くような前のめりの句、さらりと読んでほしくないような句、読み手に問いかけたい句などには効果的かと思います。
戦あるかと幼な言葉の息白し 佐藤鬼房(句集『夜の崖』より)
朝日と夕日どちらが重い夏料理 栗林千津(句集『火に枯れを』より)
台風接近町内放送ざりざりす 谷口智行 (句集『海山』より)
これらは字余りの句ですよね。三句目の中七は「町内放送」という一つの熟語なので、8音になっていますが、許容範囲だと思いませんか?
【応募方法】
旅で詠んだ俳句、風景や名所を詠んだ俳句をお送りください。特選句には選者の直筆色紙と図書カード、入賞句には図書カードを進呈します。応募には「月刊旅行読売」に添付の「投句券」が必要です。「月刊旅行読売」は全国の書店またはこちらの当社直販サイトで送料無料でお求めいただけます。
(出典:旅行読売2025年1月号)
(Web掲載:2024年11月28日)
※連載「旅よみ俳壇」トップページはこちら