【紅葉の秘湯】ちょっとくたびれたら……心ほどける紅葉秘湯へ
切明温泉 河原の湯 下半身が浸るほどだったが、自然との一体感に感動!
野趣を楽しむ秘湯と、のんびり過ごす山里の湯
器の模様の一つに「雲錦(うんきん)」がある。桜を雲に、紅葉を錦に見立てて描いたもので、四季を通して使える。「桜と紅葉に四季を見る」とはいかにも日本的だと常々感じる。観桜は家族や仲間とともににぎやかに、紅葉はひとりで風情を噛(か)みしめたい。
紅葉狩りの言葉通り、山野に分け入り紅葉を愛(め)でることは古(いにしえ)からの楽しみだが、そこにはやがて訪れる冬の物悲しさや、落ちる葉に無常の切なさがあり、それらが人々を引き付けてやまないのだろう。そこに静かないで湯があれば言うことはない。
紅葉の秘湯で真っ先に思い出すのが、新潟と長野の県境に位置する秋山郷、切明(きりあけ)温泉(長野)の河原の湯である。近くの旅館でスコップを借りて中津川の渓流に湧く温泉を掘り、川の水と調整してちょうど良い湯加減のMY(マイ)温泉を作る。
豪雪地帯で知られる秋山郷。厳しい冬の前のつかの間の自然の彩りは心に沁(し)み渡り、見渡せば赤や黄、褐色に染まる山々が迫るようで、大自然をひとり占めしている気分になる。ほかでは味わえない野趣もまた心を解き放ってくれた。
夏は高山植物、秋は紅葉で知られる八幡平の山頂から少し下ったところに位置するのが藤七(とうしち)温泉 彩雲荘(岩手)。周辺は黄金色の草紅葉が広がり、宿に着いたとたん硫黄の匂いに包まれる。混浴と女性専用がある露天風呂の湯床から湧き出す乳白色の湯は、これぞ硫黄泉という濃厚さで、泥パックも楽しめる。
圧巻は日の出の時間帯。朝日に照らされ周辺の草紅葉がきらきら輝く中での湯あみは感動的だ。気候条件によっては雲海も現れるという。自然が造り出す絶景の神々しさに胸がいっぱいになる。
標高1100メートルで自噴する須川(すかわ)温泉も雲上のいで湯の趣だ。岩手・宮城・秋田の3県にまたがる栗駒山の中腹にある栗駒山荘(秋田)には、山裾を彩るモザイク画のような紅葉が目の前に広がる展望風呂がある。正面には鳥海山も見晴らせ、実にパノラマミックだ。
温泉は珍しい強酸性の明礬緑礬(みょうばんりょくばん)泉。鉄分と硫黄分を含み硫酸塩泉と塩化物泉の泉質もあることから、婦人病に適応し、保湿効果も高く、よく温まる。山奥の宿ながら、吹き抜けのロビーや客室のモダンなたたずまいも女性におすすめである。
野趣あふれる秘湯もいいが、比較的交通の便がいい身近な秘湯で時間を忘れ、心静かに過ごすのもいいものだ。おすすめは利根川上流に位置する水上(みなかみ)温泉の蛍雪(けいせつ)の宿 尚文(しょうぶん<群馬>)。山里にある素朴な宿の趣で、母屋と離れの客室があり、ゆっくりと紅葉と温泉が楽しめる。温泉はアルカリ性単純温泉の柔らかな湯。湯につかり色付く木々を眺め、心地よい風に身を任せる時間は至福のひとときである。また、秋の恵みである地元のキノコを堪能できるプランがあり、料理でも深まる秋を感じることができる。
ところで紅葉期の観光地はどこも混雑や渋滞が絶えない。そこでおすすめしたいのが、旅する時間や場所、行動をずらす「ずらし旅」だ。初日はゆっくり出発してチェックイン時間ぴったりに宿に入り、翌朝早く起きて近隣の紅葉を楽しむというもの。
また、京都や箱根など人気観光地も京都なら大原や亀岡、箱根なら湯河原や小田原と、中心地から少しずらしたエリアの宿に泊まるなどの工夫でストレスを減らせる。モミジだけでも20種以上あるという日本は紅葉あふれる地だから、名所以外にもお気に入りを見つけてみるのもいい。
温泉旅に出たいと思う時、それは日常に疲れ、仕事やしがらみから逃れたいと感じる時かもしれない。静かないで湯で心身を休め、リセットする。温泉の再生力と紅葉の彩りに、日本人でよかったとつくづく思う。
文/関屋淳子
※記載内容は掲載時のデータです。
(出典:「旅行読売」2024年10月号)
(Web掲載:2024年11月23日)