【私の初めてのひとり旅】なだぎ武さん 尾道(1)
なだぎたけし[タレント]
1970年、大阪府生まれ。漫才コンビ「スミス夫人」やお笑いグループ「ザ・プラン9」で活動。単独では2007年と翌年にピン芸人コンクール「R-1ぐらんぷり」を連覇。外国人キャラクターやものまね芸で知られる。現在はピン芸人としてテレビや舞台、ミュージカルなど幅広く活躍。著書は壮絶ないじめ体験を描いた『サナギ』(ワニブックス)がある。その体験から立ち直るまでを明るく語る講演活動も行っている。
自分にないものをすべて持っている寅さんに憧れて
中学時代にいじめを受けて人間不信になりました。高校に行かずに就職したものの長続きせず、実家の部屋に3年ほど引きこもりました。疑心暗鬼になり、人に見られるとギュッと胸が苦しくなる感じで、なるべく外に出ませんでした。子どもの頃から、自分の部屋のテレビで映画やドラマばかり見ているテレビっ子。好きなエンタメの世界に一人没頭して、コミュニケーション能力が衰えていったのかもしれません。
ガリガリに痩せていく生活を送りながら、「このままでいいんかな」という疑問が芽生えました。親に申し訳ない気持ちはあっても、どうしていいのかわかりません。そんな時、テレビで見た人物に衝撃を受けました。映画「男はつらいよ」の車寅次郎です。「フラフラしてるだけやのに、なんでこの男の周りには人が集まるんやろ」と。旅先で珍事件を起こして、すぐ友達をつくって、マドンナに恋して。そんな寅さんは、自分にないものをすべて持っていました。「この人に近づきたい」「何も持っていない自分も、寅さんみたいに、ひとり旅ならできるかもしれない」と思ったのがきっかけです。
行き先は尾道。映画「尾道三部作」の「転校生」を見た時に、「いつか主人公が転げ落ちる神社の階段に行ってみたい」と思ったのを覚えていたのです。大阪から在来線を乗り継ぎ尾道に着きました。階段を目的に来たものの、場所は知らないので人に聞くしかありません。池から大海に出た気分です。人に声をかけようとしても勇気が出ません。何人か見過ごした後、ようやく声をかけると、目印になる所への行き方を教えてくれました。それを繰り返して階段までたどり着いた時、感じたのは達成感でした。やればできるんや!と。ここがゴールでした。
緊張が解けるのと同時に、お腹が空きました。目的を達成して気持ちが大きくなっていたんでしょう。途中の食堂に入って生ガキを食べ、食あたりになってしまったのでした。
話/なだぎ武 聞き手/福﨑圭介
【私の初めてのひとり旅】なだぎ武さん 尾道(2)へ続く(1/27公開)
(出典:「旅行読売」2024年11月号)
(Web掲載:2025年1月26日)