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【私の初めてのひとり旅】野口健さん 京都哲学の道(1)

場所
> 京都市
【私の初めてのひとり旅】野口健さん 京都哲学の道(1)

のぐち· けん[アルピニスト]

1973 年、米ボストン生まれ。99 年、25歳でエベレストに登頂し、7大陸最高峰登頂の世界最年少記録を樹立。エベレストや富士山の清掃登山に取り組む。災害支援にも熱心で、能登半島地震の被災地でもボランティア活動を行っている。著書に『落ちこぼれてエベレスト』(集英社インターナショナル)など。

高校停学中に父に背中を押され京都へ 巡り合った一冊の本が運命を変えた

知らない街に行って朝から晩まで一人で歩いてきたらどうだ。人は歩いている時に人生について考えるものだ」。父の一言に、僕は耳を疑った。高校1年の1学期、校内で喧嘩(けんか)して、相手に怪我(けが)を負わせてしまった。「僕は停学処分になったんだよ。自宅謹慎中に旅に行けるわけないじゃん」と返事をするのが精一杯だった。「人生終わった」とガックリしている僕に、父はしきりに「旅に行け」と繰り返す。「先生にバレたらヤバいとお前は言うが、いいか、俺は外交官だ。外交とは、人を騙だ ますのが商売。任せておけ」と自信ありげな父。

「親の顔を見てみたい」とはよく言ったものだと呆(あき)れながらも、「人は歩いている時に人生について考えるものだ」という父の言葉が頭の中に木霊(こだま)していた。数日後、僕は一人、京都の哲学の道を歩いていた。

何故(なぜ)に哲学の道だったのか。僕は、父の仕事の関係で幼少期から海外を転々としており、高校はイギリスだった。何しろ停学処分も大変なもので、わざわざ日本に帰されていた。日本をあまり知らなかった当時の僕の頭に、「歩け」と言われてパッと浮かんだのが哲学の道だったのだ。

英国立教学院高等部時代の野口さん(一番左)

毎日、本当に朝から晩まで歩いた。6月で毎日のように雨が降り、傘を差しながらトボトボ。今と違い外国人観光客の姿もなく、雨の哲学の道はとても静かだった。よく覚えているのは石畳を打つ雨の音。濡れた新緑や苔(こけ)の柔らかな香り。傘の端っこから「ポタ、ポタ」と滴(しずく)が肩を打つリズムも忘れられない。まるで背中を「トントン、トントン」と叩いて「大丈夫だよ」と合図を送ってくれているようだった。無意識に傘を体から除(よ)け、空を見上げて雨粒を額で受けながら、同時に体に染みついていたモヤモヤが洗い流されていくのが分かった。雨模様なのに空がとても広く明るく見えた。ずぶ濡れになりながらも無邪気に笑いながら歩いている自分がいた。

文・写真/野口健

【私の初めてのひとり旅】野口健さん 京都哲学の道(2)へ続く(7/19公開)


※記載内容はすべて掲載時のデータです。

(出典:「旅行読売」2024年7月号)
(Web掲載:2024年7月18日)


Writer

山脇幸二 さん

2022年6月に編集部に着任し、8月から編集長。読売新聞の記者時代は27年にわたって運動部でスポーツ取材に明け暮れた。一時は月の半分近くが出張という生活で、旅行しながら仕事しているような状態だった。今やその旅行が仕事になろうとは…。趣味はロック鑑賞で、ライブやフェスに通うことで身も心も若さを保とうと悪あがきする。矢沢永吉さんを尊敬し、ともに歳を重ねていける幸せをかみしめる日々。

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