【私の初めてのひとり旅】野口健さん 京都哲学の道(2)
哲学の道は京都の銀閣寺近くにある散歩道。哲学者の西田幾多郎(きたろう)が毎朝歩きながら思索にふけったことから名付けられたという
のぐち· けん[アルピニスト]
1973 年、米ボストン生まれ。99 年、25歳でエベレストに登頂し、7大陸最高峰登頂の世界最年少記録を樹立。エベレストや富士山の清掃登山に取り組む。災害支援にも熱心で、能登半島地震の被災地でもボランティア活動を行っている。著書に『落ちこぼれてエベレスト』(集英社インターナショナル)など。
植村さんの後を追うように山の世界へ足を踏み入れる
【私の初めてのひとり旅】野口健さん 京都哲学の道(1)から続く
旅の途中にフラリと本屋さんに立ち寄った。目的の本があった訳ではないが、汽車が来るまでの時間稼ぎとでも思ったのか、スッと引き込まれていった。あてもなく店内を彷徨(さまよ)っていると、平積みされていた一冊の本が目に飛び込んできた。
「青春を山に賭けて」
気がつけば手に取っていた。それが「山」の本だったのは意外だった。なにしろ「山に登りたい」と考えたこともない。再び表紙に目線を移すと「植村直己(なおみ)」と書いてある。「ん? 誰?」。ただ、記憶とは面白いもので小学4年の時の教室と、担任の先生の顔が浮かんだ。次にパッと浮かんできたのは教科書。「あ!道徳の教科書に出ていた人だ! 北極でシロクマに襲われながらも、そのシロクマを食べちゃった人だ!」。
本当にそんなエピソードが書いてあったのか分からないけれど、少なくとも僕の記憶の端っこに米粒ほどの、しかし、キラリと輝く何かがあったのだろう。本を手にしながら、指紋の部分がソワソワした。「お前さん、ここにいたのか! やっと見つけたぞ!」みたいな。自分でも訳が分からなかった。約2週間に及んだひとり旅。朝から晩まで歩き、駅のベンチに座ってはむさぼり読んだ。
自分の事を「人並み以下」と表現する植村さんは、就職をする事もなく世界放浪の旅に出た。世界的な冒険を成し遂げるというよりも、今の自分に何ができるのかと地道にコツコツと山に登り続けた。
いつしか、「僕も植村さんのようにコツコツと積み重ねていけば何かができるかもしれない」と感じていた。植村さんの生き方が一点の光となり、そこに救いを求めるかのように山の世界へと夢を膨らませていた。
旅から戻ると、「おう、どうだった。ひとり旅もいいもんだろ。何か見えたか」と親父殿。僕は一冊の本をテーブルにそっと置いた。
「おっ、山か、そうか、お前は、山に登っていたのか」
「……」
内心、「ええ、これからね」と呟つ ぶいていた。
文・写真/野口健
(出典:「旅行読売」2024年7月号)
(Web掲載:2024年7月19日)