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【私の初めてのひとり旅】なだぎ武さん 尾道(2)

場所
> 尾道市
【私の初めてのひとり旅】なだぎ武さん 尾道(2)

初めての海外ひとり旅のタイで象に乗るなだぎさん

 

  

なだぎたけし[タレント]
1970年、大阪府生まれ。漫才コンビ「スミス夫人」やお笑いグループ「ザ・プラン9」で活動。単独では2007年と翌年にピン芸人コンクール「R-1ぐらんぷり」を連覇。外国人キャラクターやものまね芸で知られる。現在はピン芸人としてテレビや舞台、ミュージカルなど幅広く活躍。著書は壮絶ないじめ体験を描いた『サナギ』(ワニブックス)がある。その体験から立ち直るまでを明るく語る講演活動も行っている。

 

尾道の古い町並みと出会いのすべてが、僕にとって新しい景色でした

【私の初めてのひとり旅】なだぎ武さん 尾道(1)から続く

ベンチでぐったりしていたら、「どうしたの?」と声をかけてくる女性がいます。事情を話すと、親切にも車で病院に連れて行ってくれました。点滴を打った後、「今日はうちに泊まっていきなさい」と連れて行かれたのは地元の旅館。そこの女将(おかみ)さんだったのです。その夜は、人と布団の温かさに包まれて眠りました。

翌朝、女将さんの顔を見た時、衝動的に「今日1日お手伝いさせてください」と頼み込んだ自分に驚きました。断られると思いきや、すぐに「わかった。それじゃ働いてもらおか」と受け入れてくれて。その優しさがうれしくて。女将さんが同じ目線でしゃべってくれている気がしたんです。恩返ししたいという気持ちを汲み取ってくれたんです。人のために頑張ろうと初めて思いました。

夜は、女将さんや大将たちと一緒に賄いをご馳走(ちそう)になりました。「人と食卓を囲むご飯は、こんなに楽しくて、おいしいんや」と思いました。そうしたら、自分の未熟さや辛かったことなど色々な感情を思い出して、涙がボロボロと出てきたんです。お椀(わん)を持ちながら嗚咽(おえつ)してしまいました。その時、空気を察した大将が言ってくれた言葉。「俺が作った料理が泣くほどうまいんか。もっと食わんかい」。そんなふうに同じ目線で話してくれる大人がいることに驚いたし、うれしくて、泣きながらご飯をお代わりしたのを覚えています。

尾道は坂の町。坂の上から瀬戸内海と対岸の向島が見える(写真/ピクスタ)

この旅で、人は一人では何もできないという当たり前のことを知りました。行動しなければ何にも繋がらないと思いました。1年後、うめだ花月で配っていたNSC(※)の入学案内のフリーペーパーを見て、「変われるかもしれない」と思い、お笑いの世界に入りました。今は、エンタメに救われた者の一人として、一人でも誰かに楽しんでもらい、勇気付けられたらと思ってやっています。

訪れた80年代の尾道は昭和でした。映画で見た階段があり、坂の上から海が見え、路地裏に猫がいました。その古い町並みと出会いのすべてが、僕にとって新しい景色でした。

話/なだぎ武 聞き手/福﨑圭介

 

※うめだ花月……大阪・梅田にあった吉本興業の演芸場 NSC……吉本総合芸能学院


(出典:「旅行読売」2024年11月号)
(Web掲載:2025年1月27日)


Writer

福崎圭介 さん

新潟県生まれ。広告制作や書籍編集などを経て月刊「旅行読売」編集部へ。編集部では、連載「旅する喫茶店」「駅舎のある風景」などを担当。旅先で喫茶店をチェックする習性があり、泊まりは湯治場風情の残る源泉かけ流しの温泉宿が好み。最近はリノベーションや地域再生に興味がある。趣味は映画・海外ドラマ鑑賞。

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