【私の初めてのひとり旅】柴田元幸さん 国道1号線と袋井(2)

アメリカ・ニューオーリンズを旅する30代の柴田元幸さん(1985年)
しばた・もとゆき[翻訳家]
1954年、東京生まれ。アメリカ文学研究者、東京大学名誉教授。翻訳家。文芸誌「MONKEY」編集長。『生半可な學者』で講談社エッセイ賞、『アメリカン・ナルシス』でサントリー学芸賞、トマス・ピンチョン『メイスン&ディクスン』で日本翻訳文化賞を受賞。翻訳の業績により早稲田大学坪内逍遙大賞受賞。現代アメリカ文学を中心に訳書多数。村上春樹氏との共著に『本当の翻訳の話をしよう』など。
同じことをする二人組に洗濯物の干し方を学ぶ
【私の初めてのひとり旅】柴田元幸さん 国道1号線と袋井(1)から続く
こんな馬鹿なことをやる人間は自分だけかと思うとさにあらず、3日目か4日目からはまったく同じことをやっている二人組と一緒になり、昼はもちろん別行動だがペースはだいたい同じなので夜は同じ駅で合流するという事態が3晩くらい続いた。彼らの方が用意もよく、靴とかバッグとか登山に近い格好だった。彼らが洗った靴下を駅のベンチの背に干していたのを見たのをよく覚えている――そうか、こうすればいいのか、と思ったからで、ということは自分は洗濯なんて考えもしなかったということか。うーん……さすがにTシャツと下着くらいは(銭湯で?)洗ったと思うが。
で、7日目に袋井駅に着いた時点で帰ることにしたのはなぜだったかは思い出せないのだが(用事があるから〇日までに帰らないと、ではなかったことは確実)、もしかしたらそこだけ妙に人間的になって、それまで毎晩合流していた二人組がなぜかその晩は現われず、なんだか急に寂しくなって帰ることにした……のかもしれない。あるいは単に(いまごろ)馬鹿馬鹿しさに気づいたのかもしれない。その夜のうちに電車に乗って帰ったのか、もう「一泊」して翌朝帰ったのかも覚えていない。
グーグル・マップでいま調べてみると、自宅から袋井駅までは歩いて51時間。7日かけて歩いたわけだから、まあだいたい標準の速度と言っていいだろう。
文/柴田元幸
イギリス・リバプール~ダブリンの船上にて(1989年)
(出典:「旅行読売」2025年6月号)
(Web掲載:2025年8月3日)