【私の初めてのひとり旅】本田聖嗣さん ミュンヘン、パリ(2)
パリ在住時にひとり旅で訪れた、フランスで最も美しい村の一つ、ムスティエ= サント= マリー。後年、改めて妻と訪れた際の記念写真

ほんだ・せいじ[ピアニスト]
1970年、東京生まれ。東京藝術大学音楽学部器楽科ピアノ専攻卒業、パリ国立高等音楽院ピアノ科・室内楽科卒業。仏、伊のコンクールで最高位入賞後、日仏で演奏活動を開始。現在、日本大学芸術学部音楽科講師のほか、NHK Eテレ「3か月でマスターするピアノ」の講師やNHK-FM「リサイタル・ノヴァ」、「オペラ紅白歌合戦」の司会などを務める。テレビのドラマ音楽の作曲・演奏も担当している。
忘れられないグリューワインクリスマス・マーケット
【私の初めてのひとり旅】本田聖嗣さん ミュンヘン、パリ(1)から続く
その頃、私は英会話には不自由せず、ドイツ語も履修していてゆっくり話してもらえば理解できました。ピアノの練習で先輩の下宿へ行くのに、地下鉄の終点からトラム(路面電車)に乗り換えますが、これがやっかいで、分かりづらい。ただ、地元の人に目的地を伝えると、どれに乗ったらよいか親切に教えてくれて助かりました。素朴な人情に触れた気がしたものです。
自由時間にはひとりでミュンヘンの街を探索しました。市中心部のデパートへ向かったとき、シュプレヒコールを上げながら歩いてくる集団に出くわし、慌てて店内へ逃げ込みました。それはサッカーのドイツ・ブンデスリーガのFCバイエルン・ミュンヘンのサポーターたちでした。日本ではまだJリーグ発足前で、そんなふうにサッカーに熱狂する人々を目の当たりにしてとても驚きました。
12月のクリスマスシーズンだったので、市中心部のマリエン広場で開かれているクリスマス・マーケットにも出かけました。ミュンヘンのクリスマス・マーケットの起源は14世紀まで遡り、歴史あるイベントです。特にグリューワイン(ホットワイン)が印象に残っています。赤ワインにシナモンなどのスパイスを加えたもので、初めて味わう飲み物でした。帰国後、ベルリンに留学経験のある先生にグリューワインを飲んだ話をしたら「それ何?」と言われ、ドイツは北と南で文化が異なることを知りました。
マーケットでは、洗礼を受けた母へのお土産に木彫りの精緻なマリア像を買いました。屋台でキリストや馬小屋などの宗教的な伝統木工品が並んでいるのを見て、敬虔(けいけん)なキリスト教徒が多い国なんだと実感した次第です。
フランスで暮らしていた21歳からの14年間にも、よくひとり旅をしました。生来の話し好きの性格もあり、旅に出るとただ見るだけではなく、積極的に人とコミュニケーションを取るようにしています。そのおかげで「じゃあとっておきの話を教えてやろう」という場面をたびたび経験しました。「しゃべりは身を助ける」(笑)ですね。その原点は、ミュンヘンへのひとり旅だったと思っています。
話/本田聖嗣 聞き手/田辺英彦

ムスティエ= サント= マリーから車で30分ほどのサント=クロワ湖は透明度が素晴らしい
(出典:「旅行読売」2025年11月号)
(Web掲載:2025年11月8日)


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