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【天下取りの城へ】豊臣秀吉も一目置いた 名将・蒲生氏郷が築城 鶴ヶ城(2)

場所
> 会津若松市
【天下取りの城へ】豊臣秀吉も一目置いた 名将・蒲生氏郷が築城 鶴ヶ城(2)

会津塗の歴史やさまざまな技法が分かる鈴善漆器店の伝承館

会津塗など多くの産業を奨励

【天下取りの城へ】豊臣秀吉も一目置いた 名将・蒲生氏郷が築城 鶴ヶ城(1)から続く

「会津の人に氏郷公を悪く言う者はおりません」と話すのは、約200年続く漆器問屋・鈴善(すずぜん)漆器店会長の鈴木勝健(まさたけ)さんだ。「『氏郷』と呼び捨てにするなんて、もってのほか。『氏郷公』なのです。今でも皆が感謝しているはずです」と、鈴木さんは並々ならぬ敬意を表するが、本稿では「氏郷」でご容赦いただきたい。

鈴木さんがそれほどまでに氏郷を敬うのは、氏郷が商工業の育成に注力したことがまず一つであり、その象徴が会津塗だ。氏郷は会津入りに際し、故郷の近江国・日野から多くの塗
師(ぬし)や木地師(きじし)を招き、高い技術を伝えた。漆器職人を育成する伝習所も設けたという。漆の実からとれる蝋(ろう)を使ってロウソク作りが起こり、綿花の栽培を奨励して会津木綿も作らせた。起き上がり小法師(こぼし)などの民芸品も氏郷の時代が起源とされる。さまざまな産業が発展し、交易を盛んにするために定期市も設けた。

城下町には今も古風な漆器店や民芸品店が暖簾(のれん)を掲げている。氏郷や会津の人の思いを忘れないためにも、一つ土産を選びたくなった。

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「氏郷公の偉業を伝えていきたい」と語る鈴善漆器店会長の鈴木さん

話題を城に戻そう。現在の天守は1965年に再建された5層の建物だが、氏郷が築いた天守は7層。白壁ではなく黒い下見板張りで覆われ、屋根瓦も黒かったという。天守を支える石垣は氏郷時代のもので、自然石をそのまま積み上げた野面(のづら)積みだ。

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天守の石垣は野面積み(写真左部分)。ほかの石垣は江戸時代の切り込み接(は)ぎで、対比が興味深い

氏郷を語るなら本丸の隅にある茶室麟閣(りんかく)も見逃せない。千利休(せんのりきゅう)の高弟「利休七哲」の筆頭に挙げられるほど茶道に通じていた氏郷。利休が秀吉に切腹を命じられた折、茶道が途絶えることを惜しみ、利休の子・少庵(しょうあん)を会津にかくまった。そのゆかりの茶室が麟閣だ。氏郷は後に家康とともに千家の再興を秀吉に働きかけ、許しを得たという。茶道には疎くても、歴史話には興味が湧く。茶席で抹茶を飲みながら、城のある町への憧れがいっそう強くなった。

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茶室麟閣。千少庵が自ら削ったと伝わるアカマツの床柱も残っている

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表、裏、武者小路の3千家の家元による扁額が掲げられている。写真は武者小路千家14代家元による扁額

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茶席では抹茶(600円、菓子付)を楽しめる

氏郷は会津若松の礎を築き、1595(文禄4)年に40歳で病死。鶴ヶ城から北へ1キロほどの興徳(こうとく)寺に墓がある。司馬遼太郎が『街道をゆく』に「姿もじつにいい」と記した五輪塔の下で、その後の会津や鶴ヶ城の数奇な運命を、どんな思いで見つめていたのかは知る由もない。

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興徳寺にある氏郷の墓。「空・風・火・水・地」と刻まれた五輪塔が立つ

ここにも立ち寄りたい


鈴善漆器店

1832(天保3)年創業。会津塗製品を幅広く扱うほか、国の登録有形文化財に登録された蔵を会津塗伝承館として無料公開。会津塗の歴史をたどりながら、工芸作家の作品を鑑賞できる。蒔絵(まきえ)体験(所要1時間、3500円、2人以上から受け付け)もできる。
■9時~17時(会津塗伝承館は~16時30分、変更の場合あり)/不定休/磐越西線会津若松駅からバス10分、郵便局前下車すぐ/会津若松市中央1-3-28/TEL:0242-22-0680

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貯蔵蔵、荷造り蔵、蔵座敷など7棟が国の登録有形文化財

鶴我 会津本店

古くから会津地方で食されてきた馬肉料理の専門店。県外からもここの馬刺し(桜刺し)を目当てに訪れる客が多いという。会津生まれ、会津育ちの馬肉は口の中でとろけるような軟らかさ。馬刺しのほか、昼は桜カルビ鍋定食(2035円~)なども。人気店なので、早めの予約がおすすめ。
■11時30分~14時、17時~21時30分/水曜(祝日の場合は翌日)、12月31日・元日休/磐越西線会津若松駅から徒歩4分/会津若松市駅前町6-12/TEL:0242-29-4829

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桜刺し三種食べ比べ定食(2640円~)。モモ、ロース、ヒレの違いを楽しめる

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会津若松駅に近く便利な立地

🏯お城豆知識

1384(至徳元)年に葦名(あしな)直盛が東黒川館(やかた)を建てたことが始まり。奥州仕置で減封された伊達政宗に代わって蒲生氏郷が入城。城郭を拡張し、武士と町人を外濠の内外に分離させるなど城下町の体裁を整えた。天守は幕末の戊辰(ぼしん)戦争で砲弾にさらされ、1874(明治7)年に取り壊されたが、昭和期に再建。天守内部は郷土博物館となっている。

文/渡辺貴由 写真/齋藤雄輝


【モデルコース】

会津若松駅
 ↓ バス20分
鶴ヶ城
 ↓ 徒歩15分
興徳寺(蒲生氏郷の墓)
 ↓ 徒歩7分
鈴善漆器店
 ↓ バス10分
鶴我(つるが)会津本店
 ↓ 徒歩4分
会津若松駅

<鶴ヶ城> 100名城

■御城印:あり(300円、2種セット500円)
■入城:天守への入場は8時30分~16時30分/410円(茶室麟閣との共通券520円)/無休
■交通:磐越西線会津若松駅からバス20分、鶴ヶ城入口下車すぐ
■住所:会津若松市追手町1-1
■問い合わせ:TEL0242-27-4005(会津若松観光ビューロー)

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※記載内容はすべて掲載時のデータです。

(出典:旅行読売2026年2月号)
(Web掲載:2026年3月5日)


Writer

渡辺貴由 さん

栃木県栃木市生まれ。旅行情報誌制作に30年近く携わり、全国各地を取材。プライベートではスケジュールに従った「旅行」より、行き当たりばったりの「旅」が好き。温泉が好きだが、硫黄泉が苦手なのが玉に瑕(きず)。自宅では愛犬チワワに癒やされる日々。

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