【天下取りの城へ】豊臣兄弟ゆかりの城 6城
2026年のNHK大河ドラマ「豊臣兄弟!」は、天下人・豊臣秀吉の弟、秀長を主人公に、兄弟の絆を描く物語です。ドラマの舞台になるかもしれないゆかりの城を巡る旅に出ませんか?ライバルの武将たちとしのぎを削ったり、自ら城主として国を治めたり。戦国の乱世を駆け上った英傑兄弟の意外な顔が見えてくるかもしれません。豊臣兄弟ゆかりの城“6城”を紹介します。
九戸城【岩手】
天下人に抗った、九戸一揆の舞台
1492~1501年の明応年間に築かれた平山城。1590(天正18)年の奥羽仕置(おううしおき)に反発した九戸政実(まさざね)らが翌年、約5000の兵を率いて一揆を起こすが、6万5000とも言われる奥羽再仕置軍に敗れる。この後、秀吉に刃向かうものはなく、天下統一が完成した。名は福岡城に改称されたが、九戸城と呼ぶことが一般的。本丸跡に東北最古とされる石垣が残る。

三方を川に囲まれた城で、広さは約36万平方メートル。二戸市街地に近い(写真/二戸市埋蔵文化財センター)

奥羽再仕置軍によって築かれたとされる本丸跡の石垣(写真/二戸市埋蔵文化財センター)
続日本100名城🏯
御城印:あり(300円) 入城:自由(九戸城ガイドハウスは10時~15時/12月~翌4月5日休)/無料 交通:東北新幹線二戸駅からバス5分、呑香(とんこう)稲荷神社下車徒歩6分 住所:二戸市福岡城ノ内 問い合わせ:TEL0195-23-8020(二戸市埋蔵文化財センター)
金山城【群馬】
上杉や武田氏の侵攻も防いだ山城
1469(文明元)年、新田一族の岩松家純が築城。その後、由良氏の居城に。標高239メートルの金山山頂の実城(みじょう)を中心に曲輪(くるわ)を造成し、戦国時代の関東では珍しい石垣を多用した堅牢(けんろう)な城は、上杉謙信や武田勝頼らの攻撃も防いだ。1584(天正12)年に北条氏に明け渡すが、1590(天正18)年の小田原征伐に際し、秀吉家臣の前田利家らにより接収され、廃城となった。

中枢部への入り口にあたる大手虎口(おおてこぐち)。不規則な段差の石敷きが特徴(写真/太田市教育委員会)

地下からの湧水が注ぐ直径16メートルほどの日ノ池。城内には月ノ池もある(写真/太田市教育委員会)
日本100名城🏯
御城印:あり(300円) 入城:自由(史跡金山城跡ガイダンス施設は9時~16時30分/月曜〈休日の場合は翌日〉休、12月29日~1月3日休)/無料 交通:東武伊勢崎線太田駅からタクシー15分または徒歩1時間20分 住所:太田市金山町40-30 問い合わせ:TEL0276-25-1067
富山城【富山】
佐々氏を降伏させた越中征伐の舞台
1543(天文12)年頃、越中国西部の守護代・神保長職(じんぼながもと)によって築城された。1585(天正13)年、秀吉は、信長の元家臣で城主の佐々成政(さっさなりまさ)が立て籠もる富山城を攻め、降伏させる。城は破却となるが前田利長が改修を行い、以後、約270年にわたって前田家の居城となった。1954年に建てられた現在の天守は、富山市郷土博物館になっている。

江戸期に建てられた千歳御門は、富山城唯一の現存建築物。東京大学の赤門と同じ薬医門形式

利長以降に作られ、改修を重ねた石垣。鏡石と呼ばれる巨大石もある
続日本100名城🏯
御城印:あり(300円~) 入城:9時~16時30分/今季は12月28日~1月4日休。展示替え等による臨時休館あり/観覧料210円(特別展示開催中は異なる) 交通:北陸新幹線富山駅から徒歩10分 住所:富山市本丸1-62 問い合わせ:TEL076-432-7911
長浜城【滋賀】
秀吉が自ら築いた最初の居城
1574(天正2)年頃、浅井(あざい)長政との戦いで功績があった秀吉が、織田信長から拝領した北近江の琵琶湖畔に築城し、居城とした水城。秀吉は城下町の整備も行い、町を発展させた。豊臣氏滅亡後に廃城となり、石垣などの大半は彦根城の建設に使われた。1983年、長浜城跡に長浜城歴史博物館が建てられ、博物館の外観は安土桃山時代の天守を模している。

長浜城(長浜城歴史博物館)の屋上展望台からは琵琶湖の大パノラマが一望できる

長浜城のある豊(ほう)公園は「日本さくら名所100選」の一つ
御城印:あり(300円) 入城:9時~16時30分/月曜(休日の場合は翌平日)休、12月27日~1月2日休/入館料500円 交通:北陸線長浜駅から徒歩7分 住所:長浜市公園町10-10 問い合わせ:TEL0749-63-4611
一宮城【徳島】
四国征伐における激戦の地
徳島市西部にある山城で、築城は南北朝時代と言われる。標高144メートルの最高所の本丸を中心に、東西800メートル、南北500メートルの広さがあり、徳島県最大級。1585(天正13)年、秀吉は秀長を総大将とする5万の軍勢で、長宗我部元親(ちょうそかべもとちか)軍に勝利した。秀吉の四国平定後は、蜂須賀家政(はちすかいえまさ)の居城となった。現在は本丸下の石垣や曲輪、倉庫跡などが残っている。

きれいに残る本丸の石垣。野面(のづら)積みで、阿波九城中、最大規模とも言われる

写真の堀切のほか、曲輪や土塁跡なども残り、1時間程度で見学できる
続日本100名城🏯
御城印:あり(300円) 入城:自由 交通:徳島線徳島駅からバス30分、一の宮札所前下車すぐ 住所:徳島市一宮町西丁 問い合わせ:TEL088-621-5419(徳島市教育委員会)
高城【宮崎】
九州征伐の包囲戦に耐えた山城
1578(天正6)年2月から島津家臣の山田有信が城主を務めていた山城。同年10月、大友宗麟(そうりん)による侵攻では、有信側の籠城策が成功した。1587(天正15)年、秀吉の九州征伐でも秀長が約8万の軍勢で包囲するが落ちず。ところが、島津軍本体が根白坂の戦いで敗れたため、有信も降伏し、開城した。現在も空堀や土塁などが残り、公園になっている。

本丸跡には城型のメロディ時計台が造られ、町内を見渡すことができる

上空から見た高城跡。近くには豊臣軍が拠点を置いた松山之陣もある
御城印:あり(2種セット770円) 入城:自由/無料 交通:日豊線高鍋駅からバス32分、木城下車徒歩25分 住所:木城町高城 問い合せ:TEL0983-32-4727(木城町地域政策課)
※記載内容は掲載時のデータです。
(出典:旅行読売2026年2月号)
(Web掲載:2026年3月28日)


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