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【おうちで南極体験】南極観測の拠点・昭和基地を知ろう(中編)

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【おうちで南極体験】南極観測の拠点・昭和基地を知ろう(中編)

1957年、第1次隊越冬時の昭和基地全景(航空写真)


1月29日は「南極の日 昭和基地開設記念日」です。1957(昭和32)年のこの日、日本の南極観測基地「昭和基地」が開設されました。今回は、南極観測隊の越冬隊に3回(第15次隊、第22次隊、第34次隊)参加し、隊長・副隊長を務められた佐藤夏雄名誉教授(国立極地研究所元副所長・現特別客員研究員)に、昭和基地についてのお話をうかがいました。(前編より続く)

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南極観測によって生まれたプレハブ住宅

編集部:昭和基地には68棟の建物があるということですが、それらの建物は隊員が建てたのですか?

佐藤:通常、南極観測には観測隊員として、建築関係の専門家が1人参加します。この専門家の指揮の下に、観測隊員が中心となり、南極観測船「しらせ」乗員の助けも借りて作業をします。素人の観測隊員の集まりでも建設作業ができる工法があり、これを使って3階建ての管理棟も建設しています。

編集部:1人の専門家の指導があれば、素人でも3階建ての建物が建てられるのですか⁉ そんな画期的な工法とはどのようなものなのでしょうか?

佐藤:第1次隊以来用いられている、板パネルを組み合わせるプレハブ住宅の工法です。土台は直径60センチほどの円形チューブのピア基礎に鉄筋コンクリートを流し込み、床の高さを2〜3メートルにした高床式です。高床式にすることで風通しを良くして、ブリザードによる積雪が建物の後部に溜まらないようになっています。土台の上に床パネルを張り、その後に壁パネル、最後に屋根パネルを組み立てます。

第1次隊が建設した3棟のパネル組立式家屋は、日本建築学会南極建築委員会が基本設計を行い、竹中工務店が実施設計と製作を担当して開発した日本初のプレハブ建築です。あらかじめ国内で組み立て式部材を製作し、組み立てる訓練をした後に解体して運び、現地では部材の結合金具で留めると完成するように工夫されています。精選された材料を用い、日本で製作した建築部品を南極へ輸送し、建設工事には不馴れな観測隊員が行うので、部品は軽くて丈夫なこと、組み立てが簡単なこと、そして南極の建物として最も重要な役割である雪や強風・寒さから観測隊員を守ることが求められました。

第1次隊が完成させた建物
第1次隊によって建てられた主屋棟(食堂棟)。のちに娯楽棟(通称:バー)として使用され、現在は倉庫として使っている

編集部:組み立ての仕組みを簡素化することと、南極の厳しい気象に耐えることの二つは両立するのが難しそうですが、どのような工夫があったのでしょうか?

佐藤:設計時は昭和基地周辺の気象データが十分でなく、設計条件として最大積雪量2メートル、最大風速80メートル/s、最低気温-60℃に耐え、居住性を確保できる建物性能が必要でした。日本初の高性能プレハブ建築は、外壁・屋根・床に利用したパネルは厚さ10センチで、桧(ひのき)の枠材の両側に樺(かば)材の合板を張り付け、間に断熱材として西ドイツ(当時)製の発泡スチロールを挟んでいます。サイズはヘリコプターでも運べるよう、ヘリの搬出入ドアサイズを考慮し、1枚121センチ×242センチに統一。隊員2~3人で組み立てられるように、重量は4人で運べるよう1枚80キロ以下に制限しています。より軽く、より硬く、耐水性に優れた部材として、芯材は尾州桧(びしゅうひのき)の北面材を使用、表面には樺のベニヤを6枚重ねに接着した合板を採用。パネルの繋ぎ目は雪風が入らないようにゴムを間に挟み、締め付け金具で簡単に組み立てられます。

編集部:さまざまな事態を考えて工夫されているのですね。ところで、第1次隊で建てた建物は今も使われているのでしょうか?

佐藤:第1次隊が建てた建物は全部で4棟で、そのうち3棟は木製パネルの組立式家屋の主屋棟(食堂棟)、居住棟、無線棟。残りの1棟はパイプ骨組みに断熱天幕を張った発電棟です。主屋棟はまだ昭和基地に現存しており、今は倉庫としてのみの使用ですが、歴史的建造物として保存しています。この建物は、私が越冬した第15次隊、第22次隊では娯楽棟(通称:バー)として使われていました。発電棟はその役目が終え、解体されています。

第34次隊時の管理棟。すぐ近くまでペンギンが来ている


居住棟は建築から25年後の1982年に竹中工務店へ持ち帰り、技術研究所で組み立て復元し、関係者に公開するとともに性能試験を実施しました。結果は外部の塗装はかなり傷んでいたものの、強度や断熱性などの性能劣化はほとんどなく、建物は健全でした。

無線棟は1997年に南極観測40年周年記念事業に合わせて日本に持ち帰り、保存状態などを専門家が詳しく調査を行っています。15年前に引き上げた居住棟よりも外見的にはかなりダメージがあり、特に床パネルは水を含んでかなり傷んでいました。それは「宗谷」の老朽化により、昭和基地が1962年2月から4年間閉鎖された間に水が流れ込み、床パネルが完全に氷浸けの状態になっていたのが原因であると思われます。

その一方、壁や天井のパネルは、塗装などの傷みはありましたが、強度・断熱性などの性能については建設当初からほとんど劣化していません。同じ素材・部品で建設され、南極の過酷な自然環境下にあった二つの建物は、25年経っても40年経っても強度や断熱性などの性能はほとんど変化していませんでした。これらのことからも当時の建築技術のレベルの高さがうかがえます。

冷凍食品、チューインガムなど南極由来の製品は多数

編集部:建物の建築には竹中工務店が協力していますが、そのほかに協力した企業はありますか?

佐藤:南極観測に物質を提供した会社は1000社を超えています。オートバイメーカーのHonda(ホンダ)は、当時、国内に並ぶ者がないポリエステル技術を持つ企業でしたので、ポリエステル製のソリと、オイルの凍結を心配する必要がない風力発電機を提供しました。ポリエステルは滑走性が高く、低温でより強度が高まるという性質があるため、南極用のソリに適すると考えられたのです。その考え通り、南極の過酷な環境で木製ソリの大半が破損するなか、ポリエステル製のソリはその堅牢性を遺憾なく発揮しました。また、現在のSONY(ソニー)、当時の東京通信工業は南極の寒さでもバッテリーが上がらない無線用の小型受信機を提供しています。

編集部:南極観測がきっかけで日本初のプレハブ建築が誕生したように、南極観測のおかげで開発、考案されたものはほかにもありますか?

佐藤:南極観測が始まってから65年以上が経ち、今ではその由来が南極観測に関わりがあることを忘れてしまうほど、私たちの生活に身近になっているものがたくさんあります。例えば冷凍食品。南極へ向かう船での長期移動や、南極での活動には保存食料が欠かせません。それで日本初の冷凍食品が開発され、当時考案された「冷凍すしセット」や「冷凍うなぎ蒲焼」などは大変喜ばれました。

即席ラーメンもそう。南極観測が始まった頃は即席ラーメンがしのぎを削っていた時代で、南極用に開発されたのが東明商行の「長寿麺」。商品広告には「ヒマラヤ遠征隊・南極越冬隊御採用」と謳われていました。また、容量と重量を減らし、凍結対策も兼ねてアルコール分を60%に濃縮したウイスキーもあります。現地では水で薄めて飲みますが、氷山の氷でオンザロックにして飲むのもおいしいです。

意外なものではチューインガム。これは西堀越冬隊長がLOTTE(ロッテ)を訪れ、携行食糧としてチューインガムの開発を依頼したことによります。船中食、基地食、行動食、非常食などがあり、それぞれの目的に応じて栄養素やビタミン類、ミネラルなどが摂れるうえ、長期保存に耐え、ー50℃の極寒と赤道通過にも変質しないよう工夫されました。また現在のアシックスが合成繊維を使った防寒靴を開発したほか、合成繊維の衣類、ラミネート加工の食品包装、無洗米なども誕生しています。

第7次隊が持ち込んだと思われる初代パッケージのチューインガムが第61次隊で発見された

 

編集部:私たちの生活の中には“南極由来”の製品がたくさんあるのですね。商品のキャッチコピーに南極行きを謳っているのも興味深いです。

佐藤:倉敷レイヨンが防寒衣類を開発し、その広告のコピーは「倉敷ビニロン、マナスルから南極まで」。また、タバコは赤道の高温・多湿と極地の低温・結露を想定して、防湿のために缶入りで持参しました。これも「たばこ南極に行く」という日本専売公社の広告がありました。

編集部:厳しい環境をものともしない商品の質の良さをアピールするのに南極はぴったりですし、なんとなく夢があるような感じがします。


【おうちで南極体験】南極観測の拠点・昭和基地を知ろう(後編)につづく


(WEB掲載:2022年1月29日)

佐藤 夏雄(さとう なつお)
1947年新潟県上越市出身。理学博士(東京大学)、国立極地研究所名誉教授。研究分野は「オーロラの南北半球比較」。
南極観測隊には、越冬隊に3回(第15次隊、第22次隊、第34次隊 ※隊長兼越冬隊長)、夏隊に1回(第29次隊 ※副隊長兼夏隊長)参加している。また交換科学者としてフランスとソ連の南極観測隊(ともに夏隊)にも参加、2012年より現職。南極クルーズにも4回参加している。
主な著書に『暁の女神「オーロラ」 南極ってどんなところ?』(朝日新聞社/2005年)、『ELF/VLF自然電波 南極・北極の事典』『オーロラの物理 南極・北極の百科事典』(ともに丸善/2004年)、『オーロラの謎―南極・北極の比較観測』(成山堂書店/2015年)、『発光の物理:大気の発光現象(オーロラ)』(朝倉書店/2015年)がある。




Writer

たびよみ編集部 さん

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