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旅行ライターの「泣けるひとり旅」6選(1)

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旅行ライターの「泣けるひとり旅」6選(1)

江ノ島の海岸にて。何かを語りかけるかのように波音が繰り返す(写真/ピクスタ)

 

ひとり旅の道中で、ふと涙がこぼれそうになったことはありませんか?涙腺を刺激するのは、絶景であったり、人との出会いであったり、思い出であったり。気ままなひとり旅では、感情の振れ幅が大きくなるのかもしれません。泣いたり、笑ったり。弊誌に執筆しているライターの皆さんに、泣きたくなった旅を教えてもらいました。

 

 

枝に仏を感じ菓子パンに涙する巡礼の道

内田晃✕(四国遍路 ◉徳島ほか)

一本杉庵の弘法大師像
豪商・衛門三郎が弘法大師に無礼を詫びるため、四国を巡ったのが遍路の元祖とされる。番外札所杖杉庵に2人の像が立つ

畳針を100本ほど束ねて、膝の皿の内側から突き刺す。そんな激痛が左足を踏み出すたびに脳天を突き抜けた。四国遍路2日目のこと。前日は徳島県の1番札所霊山寺(りょうぜんじ)から10番札所切きり幡寺(きりはたじ)まで一気に歩き、この日は急峻(きゅうしゅん)な山道が続く12番札所焼山寺(しょうさんじ)に挑んだ。納経を済ませ、下山の途中に体が悲鳴を上げたのだ。周囲に人影はなし。遍路の必需品である金剛杖も気恥ずかしさから敬遠したので、歩行の手助けになるものが何もない。痛みに耐えて一歩ずつ進む。

ようやく道端で手頃な剪定枝(せんていし)を見つけ、杖にすると不思議と歩ける。金剛杖には弘法大師(空海)が宿り、遍路を助けてくれると言われるのが得心できた。その先では山菜採りの婦人が「お接待です」とクリームパンをくれた。涙ながらにかぶりついたあの味は今も忘れない。道端の枝に仏を感じ、ただの菓子パンに涙する。それが遍路の真髄ではなかろうか。100回以上結願(けちがん)した大先達からは「お大師さんは遍路一人ひとりに合った気付きを用意される」と聞いた。これから遍路を志す方々に素敵な気付きがあることを。

うちだ・あきら●東京都足立区生まれ。自転車での日本一周を機に旅行記者を志す。四国八十八ヶ所などの巡礼道、街道、路地など、歩き取材を得意とする。著書に『40代からの街道歩き《鎌倉街道編》』(創英社/三省堂書店)などがある。日本旅行記者クラブ会員。

 

育まれた森と守られた文化の調和

春日明子✕(阿寒湖 ◉北海道)

静かな水面に雄阿寒岳が映る阿寒湖。温泉街から湖畔を歩く遊歩道が気持ちいい
認定ガイド同行でしか立ち入れない保護林「光の森」にはカツラの巨木が佇む

自然豊かなイメージがある北海道も、開拓以降に農地や薪(まき)の確保のために多くの森が切り拓かれ、「手つかずの自然」は意外と身近にはない。そんな中でも圧倒的な密度の森が広がる阿寒湖の周囲をネイチャーガイドと歩いた際、原生林としか思えないその森もいったんは開拓の手が入った2次林であると知って驚いた。野鳥の声が降るように響き渡る初夏の森で、希少なクマゲラを初めて目にし、その美しい声と木をつつく大きな音にすっかり魅了された。

現在のように森が復元されたのは、開拓に携わった前田家の当主が「伐(き)る山から観る山にすべき」と考えたことがきっかけだそう。その意思を継ぎ、阿寒の自然を残すために前田一歩園(いっぽえん)財団を設立した3代目の前田光子さんは、阿寒湖を象徴するアイヌコタンの創設者でもある。当時、各地で貧しい暮らしをしていたアイヌの人々に土地を無償で提供し、文化を伝承できる環境を整えた。自然とともにあるアイヌ文化と阿寒の深い森は、両方があって初めて完璧な美しさを成しているように感じ、訪れるたびに静かな感動に包まれる。

かすが・あきこ●1979年、神奈川県生まれ。編集ライター。輸入商社の社員時代に釣りに目覚め、釣り新聞の編集部に転職。編集プロダクションに移籍後、鮭釣りに訪れた北海道で人生の伴侶を釣り上げ、別海町へ移住。道東の話題を中心とした執筆活動に注力中。

 

落胆からの歓喜! 雨上がりのコケ散歩

木村理恵子✕(奥入瀬渓流 ◉青森)(台北の小籠包 ◉台湾)

清冽な流れとコケむした緑が美しい奥入瀬渓流
雨上がりならではの水滴をたたえるクサゴケ

旅に出かけて一番気になるのはお天気だ。3年前、奥入瀬(おいらせ)渓流でコケをテーマに散歩をした日は、朝から土砂降り。予報は曇りだったのに……と泣きたくなる気持ちでいたが、なんと出発の少し前に奇跡的に晴れ間が出た。雨上がりのコケは、水分をたっぷり含み、みずみずしく美しく、案内してくれたガイドさんの“コケ愛”も伝わり、コケ散歩を堪能した。驚いたのは景色の見え方。それまで大雑把に“コケ”という認識だったものがオオスギゴケ、コツボゴケ、ネズミノオゴケなどそれぞれに名前があるのを知ってから再び周囲を見渡すと、風景が細部まで輪郭を持って立体的に見えてきた。小さな世界を観察する面白さを実感した忘れられない体験だ。

忘れられないといえば、数十年以上も前に食べた台湾の小籠包(ショウロウンポウ)のおいしさもそうだ。当時はスマートフォンもなく、お腹を空かせて迷いながらようやく店に着いたら、お昼休憩。待ちに待って、ようやく味わったのは2時間後! 涙が出るほどおいしいとは多分あの味のことで、それ以来ずっと、マイナンバー1の小籠包だ。

きむら・りえこ●旅と料理がメインの編集プロダクションに在籍した後にフリーランスに。昨年は『中村ジュンコのタイルの世界』(ユニコ舎)の編集を担当。お酒とスイーツ、ひかりもの(魚ではない)が好きで、最近は出身地の茨城愛にも目覚める。

旅行ライターの「泣けるひとり旅」6選(2)へ続く(6/24公開)


※記載内容はすべて掲載時のデータです。
(出典:「旅行読売」2024年5月号)
(Web掲載:2024年6月23日)


Writer

たびよみ編集部 さん

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