続・フランスワインさすらい旅(1)
- 場所
-
- 海外
- > ヨーロッパ
- > フランス

森と接した畑でブドウを栽培する内田さん。自然の力を最大限に利用する農法には、森はかけがえのない存在だ
聖地ボルドーに挑む日本人醸造家
フランスのボルドーは、世界最高峰のワイン生産地。その中で特に優れたワインを産するジロンド川左岸で、ワイン造りに打ち込む日本人がいる。広島県出身の内田修さんは2015年から、この地でブドウ栽培から醸造までを妻理恵さんと二人三脚で行い、世界的に高く評価される良質なワインを送り出している。

私が内田さんと知り合ったのは、24年、フランスへワイン取材の旅に出たときのこと。レンタルしたEV車がボルドー市内でバッテリー切れを起こし、立ち往生していたところを助けられた。帰国してからインターネットでその経歴や実績を知り、内田さんが造った3種のワインを飲んだ。それは一般的なボルドーとは、一線を画す風味だった。
ボルドーは飲む人の知性をくすぐるワインだと言われる。内田さんのワインは、十分に知性を備えながらも、耽美で、官能的な印象だった。ボルドーにとんでもないワインを造る日本人がいる。再訪を誓った私は、今年6月初め、それを実現させた。

ボルドー市内から北へ車で約50分。内田さんのブドウ畑は、赤ワインの産地として知られるメドックの小さな集落にある。農繁期のこの時期、内田さんは理恵さんと農作業に追われていた。畑のブドウは小さな青い実をつけていた。「今年(25年)、ボルドーはかつてない当たり年になりそうですよ」と内田さんはうれしそうに笑った。天候に恵まれ、ブドウの生育は素晴らしく順調なのだという。
内田さんは、ブドウの品質に徹底的にこだわる。ボルドーでワイン造りを始めた15年は、「自分の経験と知識をすべてつぎ込んだので、これでだめだったとしても悔いはない」と納得できた。対照的にブドウの出来が悪かった17年は品質に満足できず、「1本も造れなかった」というほどだ。

ボルドーワインの概念を一新 独自の味わいを追求する
現在は3ヘクタールの畑でブドウを栽培し、年間1万本のワインを生産する。1万5000本の生産能力はあるが、あえて本数を抑えているという。比較するのは無理があるかもしれないが、ブルゴーニュ地方の最高級ワイン、ロマネ・コンティの場合、栽培面積1.8ヘクタールで生産量が年間6000本前後だから、高い品質を追求するためには、そのくらいの規模が適正なのかもしれない。
内田さんは天候などによっても作業内容を変えていく。畑仕事はすべて夫婦2人で行っているので、細部までこだわることができる反面、大変な仕事量となる。畑は森と接している。それが重要だ。森には自然界の循環がある。畑は人工的なものだが、なるべく自然の循環の中でブドウを育てようという考えだ。害虫を捕食する益虫をうまく利用し、化学肥料は一切使用していない。BIO認証(オーガニック・有機栽培)も取得している。

醸造所を案内してもらった。一般的なワイナリーをイメージすると、あてが外れる。農家の母屋に、ワイン造りのための機材や酒樽が並ぶ小さな醸造所が併設されている。熟成途中のワインを樽から抜き取り、試飲させてもらうと、まだ雑味のある風味だった。次にボトル詰めしてある完成したワインを口にすると、すっきりとしてシンプルな味わいだった。
一般にボルドーワインの風味はでずっしりと重みのある傾向といわれるが、内田さんのワインは真逆だ。原料のブドウは同じカベルネ・ソーヴィニヨンでも、生み出されるワインはライトでソフト、そしてエレガントな味だ。これを内田さんは、「淡(たん)味(み)」という言葉で表現する。畑の土壌や気候の微妙な違いに加え、低温で発酵させるなど様々な要素でこの淡味は生まれる。日本でおなじみのボジョレーヌーボーに使われるガメイという品種を連想すると、やや近いかも知れないが、クオリティーは比べものにならないくらい高い。

いま、内田さんの下には、フランス国内をはじめ、世界各国のメディアの取材が殺到している。「軽くて繊細で余韻が長い偉大なワイン」「ボルドーの伝統を壊し、創造していくワイン」などと評され、フィガロなどのメディアで「ボルドーを救う10のワイン」にも選ばれたと紹介されている。
日本人がボルドーでワインを造っているという物珍しさではなく、品質の高さと本物を生み出す姿勢が評価されているのだ。取引先も日本、イギリス、オランダ、韓国、シンガポールなど15か国に広がっている。夫婦2人で作るワインが、世界を驚かせている。
文・写真/太田正行
内田修(うちだ・おさむ)
1977年、広島県生まれ。ボルドー大学付属の語学学校卒業後、フランスの高校に編入。フランスの大学入学資格バカロレアを取得。ワイナリー運営・栽培醸造技術者資格取得。2002年ボルドー第2大学醸造学部卒業。帰国後、ワイン取扱商社に4年間勤務。10年フランスでブドウ畑を借りて、ワイン生産を始める。ボルドーワインスクール講師。多い年には「フェルモンヌ・ルージュ」「フェルモンヌ・ブラン」「ウチダ・ミラクル」など7銘柄を生産している。
続・フランスワインさすらい旅(2)へ続く(9/13公開)
(Web掲載:2025年9月12日)
<旅のインフォメーション>
・アクセス/東京からパリまでのフライトは直行便で14~15時間。現在3社(エールフランス、全日空、日本航空)が運航している。パリ-ボルドーの国内線は約1時間で、1日20便ほど。パリ-ボルドー間の高速鉄道(TGV)は約3時間。
・時差/夏は日本より7時間遅れ。冬は8時間遅れ。
・ビザ/観光目的の旅(3ヶ月以内の滞在)なら不要。
・パスポート/フランスを含むシェンゲン協定加盟国出国予定日から、3ヶ月以上の残存有効期間が必要。
・通貨/ユーロ(€)1ユーロ=172円(2025年8月28日現在)
・気候 7月の平均最高気温27度、1月の平均最低気温3度