たびよみ

旅の魅力を発信する
メディアサイト
menu

【家康の城へ】歴史作家・伊東潤さんと静岡駅から歩く駿府城(2)

場所
  • 国内
  • > 北陸・中部・信越
  • > 静岡県
【家康の城へ】歴史作家・伊東潤さんと静岡駅から歩く駿府城(2)

静岡市歴史博物館の展望ラウンジから駿府城公園の巽櫓や堀を眺める。晴れていれば富士山も見える

プロフィール
伊東 潤(いとう じゅん)
1960年、神奈川県横浜市生まれ。歴史作家。2007年に『武田家滅亡』でデビュー。2013年、『国を殴った男』で吉川英治文学新人賞、『巨鯨の海』で山田風太郎賞を受賞。過去5回、直木賞候補となる。近著に、最新史料を駆使し徳川家康と毛利輝元2人の視点で関ケ原の戦いを描く戦国歴史巨編『天下大乱』のほか、『囚われの山』『英雄たちの経営力』などがある。

 

謎に満ちた天正期の天守と家康の大御所時代の新しい天守

【家康の城へ】歴史作家・伊東潤さんと静岡駅から歩く駿府城(1)からつづく

謎に満ちた天正期の天守とはどのようなものだったのか。発掘調査に携わってきた静岡市歴史文化課の松井一明さんによると、天守台の規模などから、当時天下人だった秀吉の居城・大坂城と同規模の天守だった可能性もあるという。

「ただし、当時の家康は大坂城に匹敵するような天守を築く技術を持ち合わせていなかったと考えられています。天正期の天守は、秀吉が家康に命じて築かせたものかもしれません」(松井さん) 

建設工事では人手や費用は徳川家が負担したと推測されるが、直後の1590(天正18)年に家康は関東行きを命じられ、駿府城には秀吉子飼いの大名、中村一氏(かずうじ)が入っている。つまり、天正期の天守は秀吉のために築かれたものであり、家康は利用されたという見方もできるのだ。この説に伊東さんが続ける。「天正期の天守台があるにもかかわらず、大御所になった後、なぜわざわざ新しい天守台を築いたのか疑問だったのですが、秀吉の命で築いたのであれば、それを利用したくないという気持ちはよくわかります。秀吉時代の天守を潰して新しい天守を建てることで、天下人が代わったことを世に示したのでしょう」

家康関係の作品が続く伊東潤さん。家康が少年期、大御所時代を過ごした駿府を歩いた
天守台の発掘現場を眺める伊東さん

天守台を巡る歴史談義に後ろ髪を引かれながら、次なる目的地の静岡市歴史博物館へ。駿府城公園の東御門を出てすぐにあり、2023年1月13日にグランドオープンした新施設だ。「以前から、なぜ静岡市に歴史博物館がないのか疑問に思っていました。市民の方にも念願の施設でしょう」と伊東さんは話す。

静岡市歴史博物館では家康が生きていた時代の道と石垣を見学できる

この館の建設でも幸運な新発見があった。建設現場から城下の道路と石垣が発見されたのだ。先ほどの天守台と同様に天正期と考えられる遺構で、家康も歩いた道かもしれない。取材時はオープン前で展示室は見学できなかったが、貴重な歴史資料や図書類が集められた博物館になり、3階には駿府城の巽(たつみ)櫓や富士山を望む展望ラウンジが設置される。伊東さんは「駿府といえば家康ですが、それ以前の今川氏の時代や、それ以後の東海道の宿場の一つとして栄えた時代もあり、重層的な歴史を持ちます。そんな歴史全般に触れられる場所になるといいですね」と期待を寄せた。

文/滝沢弘康(かみゆ歴史編集部) 写真/齋藤雄輝ほか

 

【家康の城へ】歴史作家・伊東潤さんと静岡駅から歩く駿府城(3)へ続く

 

静岡 立ち寄りたい店&施設

安倍川もち。きな粉のもちの上には砂糖がかかっている。お茶付き
安倍川橋近くの石部屋。店内でも食べられる

石部屋(せきべや)

静岡名物といえば家康命名とも伝わる安倍川もち。現在は駅でも買えるが、安倍川畔の茶店で東海道の旅人が味わった昔日の面影を感じられるのが、安倍川橋近くの石部屋。創業は1804(文化元)年。安倍川もち700円はきな粉、こしあんに包まれた軟らかなもち。わさび醤油(じょうゆ)で食べるからみもちも同料金。

■9時~16時30分(売り切れ次第終了)/木曜休/静岡駅からバス14分、安倍川橋下車すぐ/TEL:054-252-5698

※掲載時のデータです。

 

静岡市歴史博物館

徳川家康の生涯を主要テーマに、今川氏時代、江戸時代の東海道や城下町、明治維新後の静岡市の発展など、駿府(静岡)の町の歴史がわかる史料や模型などを展示。1階の「戦国時代末期の道と石垣」はグランドオープン後も無料公開。基本展示室を結ぶ3階展望ラウンジも見どころだ。

■9時~17時30分/月曜(祝日の場合は翌平日)休、年末年始休、臨時休あり/600円/静岡駅北口から徒歩15分/TEL:054-204-1005

※掲載時のデータです。

 


駿府城

■御城印:あり(300円)
■入城:駿府城公園は入園自由(東御門・巽櫓、坤〈ひつじさる〉櫓、紅葉山庭園は9時~16時/月曜休〈祝日の場合は営業〉、12月29日〜1月3日休/東御門・巽櫓は200円)
■交通:東海道新幹線静岡駅から徒歩17分、またはタクシー5分
■TEL:054-251-0016(駿府城公園二ノ丸施設管理事務所)

家康メモ

大御所時代の家康の居城
元々駿府には駿河国守護の今川氏の館があり、徳川家康(幼名・竹千代)はこの地で数え8歳から19歳まで人質として過ごした。一時、武田氏に侵攻されるも、滅亡後は家康が領有し、近世城郭を築いた。1590(天正18)年、豊臣秀吉の命で江戸城に移った家康は、江戸時代に入ると将軍職を秀忠に譲って駿府に戻り、1607(慶長12)年に城郭を大改修。大御所として実権を握り、駿府は江戸と並ぶ政治経済の中心として栄えた。

 

(出典:旅行読売2023年2月号)

(ウェブ掲載2023年7月22日)

☛静岡県など東海エリアへのツアーはこちら


Related stories

関連記事

Related tours

この記事を見た人はこんなツアーを見ています